たぶん、フツーのお母さん

自分のペースを探る、背伸びしない暮らし。

いつだって人生の途中

昨日、友達パパが言った言葉をふと反芻した。

「途中でやめさせたくないんだよね」

途中っていつだろう。

確かに、うちのクラブは小学生までだから、卒部でやめればキリがいいのかもしれない。

でも、本人がまだ続けたい気持ちが残っていたら、それは途中じゃないのか。

逆に、例えば本人が違うことをやりたくなってしまったら、それは途中なのか。

経済的な理由(ユニフォームを買ったのに、とか)で中途半端は無駄だと言うのなら、
中途半端な気持ちで嫌々続ける時間は無駄じゃないのか。

別に友達パパがそんなことを言ったわけじゃないけど、よくそういう話(経済的理由)を聞くので。



やってみてわかることもあるし、
やらずに諦めるよりは、
たとえ時期的に中途半端でも、
大きな挫折を味わったとしても、

やってみなさいよ

と言ってやりたいなぁとワタシは思う。



プロにまでなった人にしてみれば、小学生なんてまだまだ途中だし、

小学校の途中でやめたとしても、本人が納得して新しい道を歩み始めたのなら、それは途中ではなくて岐路なんじゃないのかな。



わが家は逆に、
「やりたくないならさっさとやめちゃえばいいじゃない」
と脅迫している。

これは、脅迫ですよ。

やめたくなかったらやれ、と言ってるわけだから。



命が始まった瞬間と、命が終わる瞬間までは、もしかしたらいつだって人生の途中なのかもしれないよ。

節目はあるけど、それは終わりでもあり始まりでもある。
何かが終わって次が始まるまでの間だって時間は流れているし、
節目に全てがリセットされるわけじゃない。
少なくとも、自分が生きてることは続いている。


人生80年だったら今が折り返し地点だけど、
自分が80歳まで生きるかなんてわからないしね。
100歳まで元気にやってるかもしれないしね。そしたらまだ折り返し地点じゃないね。



よそさまのお宅のことだし、とやかく言うつもりはないけれど、自分の中でちょっと考える機会となった。

ワタシだって、ちょっと前だったら同じように思ったかもしれない。