たぶん、フツーのお母さん

自分のペースを探る、背伸びしない暮らし。

恐怖の個人面談

小学校の個人面談に行ってきた。

数年前まではとくに大きな心配事もなく、先生からも「とくにありません」と言われてしまうほどで、むしろ笑い話で時間が過ぎてしまう感じだったのに、高学年になってからどんどん気が重くなっている。また先生の前で涙してしまった。あの先生は鬼門だぞ(とっても信頼しております)



個人面談の恐ろしいところは、自分が心配していたこととまた違うことが発覚することだと思う。そんなの聞いてないとか、子どもから聞いたのと違うとか、もう内心プチパニック状態。子どもは自分に都合の悪い話をせず、うまいことすっ飛ばして話したりする。嘘をついているわけじゃない、黙ってるだけ。そのうち自覚もなくなって記憶もすり替えられる。自分たちの子どものころの記憶も、もしかしたらそんなもんかもしれない。



1学期はムスコが主に友達づきあいの関係で問題があり溜息つきつき帰ってきたのだけれど、そのムスコは今回学力と精神的な成長を褒めていただいて、改めて小学校生活最後の不安定な時期に理解ある先生に見てもらって良かったと涙ながらに感じた。先生より年上なのに、諭されて帰る母。ホントにムスコに関しては弱い。生意気言われても可愛くて可愛くて仕方ない。

今回はムスメの友達に対する不用意な発言とメンタル面のことで、また溜息をつく。ムスコはまだ長子で内向きな性格であるところとか自分に似ているから理解できなくもないんだけど、ムスメはまったく理解できない。痛みに弱くてすぐ甘えて騒ぐとことか、絶対に自分の非は認めないとことか、どちらかというと最終的に「そうだよ、電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのも全部ワタシのせいだよ! 爆発しろ!」となるワタシやムスコとは違いすぎて理解できない。そのうえ、先生が言ってることもイマイチ理解できなくてパニックになった。とにかく先生に言われたことは本人に話してみるけど、明日にはまた忘れてると思うよ。彼女は自分に都合のいいことしか覚えないし、記憶のすり替えの達人だから。ちょっと羨ましいくらいよ。



でも、毎回痛感するのは、親であるワタシたちがもっと成長しなきゃいかんなぁということ。
年下の先生に諭されて涙して帰るとか、まだまだね。

ムスコはだいぶ成長してきて、ワタシがガミガミ言ってプイと耳を塞いだあとでもまったく聞いてないわけでもないらしい。
ムスメはまだ完全に耳を塞いでしまうから、これからが難しいお年頃だ。もともと、都合が悪くなると話題をすり替えるタイプだ。上手く伝えられる自信がない。
それでも親は言い続けるしかないし、言い続けてくださいね、お母さん、と言われた。いつかわかるときが来ると、ワタシも思っている。いつかはないと片づけでは言うけど、自分が知っている。

子育ては、いつかの積み重ねだ。

それぞれいつかの時期は違うけど、よほどの理由がなければいつかは卒乳し、いつかはオムツが外れ、いつかは立って歩き、いつかは泣かずに学校や幼稚園にゆく。いつかは社会に出て、いつかは親のありがたみに気づき、いつかは独り立ちする。よほどの理由がなければ。
そのいつかの時期も、どんな人に成長するかもそれぞれだけど、ワタシだって遅ればせながら親の気持ちがわかったような気になったり、もっとちゃんとしなきゃいかんなぁと思ったりしているのだから、きっと子どもたちにもいつかはやってくるのだろう。


でもやっぱりムスコは幼いって言われちゃったなぁ。
磨けば光る原石だって、スゴくスゴく励まされたけどね。大丈夫よ先生、ワタシ親バカだから。
ムスメのことだって、理解はできないけどこの子はやればできる子だ。アホだけどスゴい子なんだ、といつも思ってます。だから腹を立てるのです。親バカだから。


□□□読んだ本□□□

五感が息づけばからだは甦る! 新・整体入門

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