たぶん、フツーのお母さん

自分のペースを探る、背伸びしない暮らし。

難しいことはわからないので

わからないことがあると気が向けばiPhoneで簡単に調べるようにしているのだけど、ワタシはあまりテレビを見ないし新聞も読まないので世の中知らないことばかりだ。
本は読むけど選ぶ本は偏っているし、すべての内容が頭に入っているわけじゃない。ドラマのあらすじとかテレビアニメのセリフとかを覚えてる人がいると尊敬してしまう。ワタシなんて、好きで読んでいたマンガの内容もうろ覚えだし、カタカナの名前なんて致命的に覚えられない。そういえば、家族で録画した「うしおととら」を見ていて、櫛を使う女の子が集まる場面で「あの子は誰?」「飛行機の子だよ」なんて話していたら、ムスメが「あぁ、スキマか」ってしたり顔で言ったけど、フスマだよ。隙間に居てどうするよ。頭ん中をスキマスイッチがよぎっていったよ。



というわけで、わが家は揃ってポンコツ脳。昨日もチチがムスコに偉そうに説教していて、「おまえはボキャブラティーが足りない」と言い放ったもんで呼吸困難で息絶えるかと思った。珍しい紅茶か。飲むとスラスラ言葉が出てくるドラえもんひみつ道具か。そんなワタシも、こないだすっとぼけた人物名を生み出して(しかも、モノマネまでした)朝から家中を爆笑させたのだった。

むしろ笑いをとろうとして空振りすることの多いムスコのおかしな川柳も置いておく。彼はマジボケのほうがネタより数倍おもしろい。



最近、リアルでいらんことを喋って凹むことが多いから、難しいことはわからないのでくらいのスタンスがいいなぁと思った。わかったつもりで喋って勘違いの情報を広めてしまったり、フォローするつもりで余計に嫌な顔をされたり(誰かを悪く言ってる人は、その誰かをフォローすると自分が否定されたように感じるのかもしれない、と今気づいた)、とくにマイナスの情報は誰も得をしない。逆に聞きたくない情報を聞いてしまったときも、難しいことはわからないのでくらいのスタンスで聞き流してしまえばいいのかと気づいた。ワタシのつきあいなんて浅いから、あとで「言ったじゃない!」なんて怒るのは家族ぐらいのもんだし、言ったってわからないとか深く気に留めないくらいの人のほうが話しやすいわ、と最近とみに思う。


そして、世の中けっこう知らなければ知らないほうが楽に暮らせるようなことが多い。
ワタシはプロフェッショナルじゃないから、
「難しいことはわからないので」
ってな具合で適度に知らんぷりしながらのらりくらりと生きたいなぁ。

ムスメの描いたおだぶつさまも置いておく。
別に課題でもないのに仏像を題材に選んだことにも驚いたけど、ムスメの天然っぷりには敗北感すら感じる。

そして、彼女の難しいことはわからないどころか、習ったはずのことも自分がわからないと「習ってない!」と言い張る神経の太さは、いつまで世の中にまかり通るのか観察してゆきたい。