たぶん、フツーのお母さん

自分のペースを探る、背伸びしない暮らし。

小綺麗にしなきゃと思う法則

普段はあまりどう見られるかということを気にしない、というか、ラフな感じに見られたいハハではあるけど、お仕事なんかで外に出ていると「少しは小綺麗にしなくちゃなぁ」と思う。もういい歳だし。
かといって、奥さま大変身というわけにもいかないから、少しずつ持ちものを買い替えたりする。いい歳なのにあんまりみすぼらしいのもね。今回は毛玉だらけのダウンを買い替えた。

たとえば、こだわりを持って気に入ったものを長くお手入れしながら使うとかならいいけれど、ワタシはお手入れも苦手だから時間とともにみすぼらしくなってゆく。働いてないときはお金を使うこと自体に罪悪感を感じるから買い替えという案は出てこないのだけど、少しばかり稼いでいて、しかも外に出て他人の目を気にし始めるとみすぼらしいのはいかんと気づく。別に身の丈以上のことをしようというのではなくて、せめて小綺麗にしておこうかくらいの感覚。自分が卑屈にならない程度に。
自分が卑屈にならない、という基準はわれながら自己肯定感が低いもんだと呆れるけど、少なくとも基準は自分だということ。
持ちもの自体を減らして、買い替えるときにも本当に必要か見極めて、条件を決めて探し回って納得したものを買う。
持ちものを減らしたぶん、予算設定も上がる。お値段が高けりゃいいとは思わないけど、予算設定が低いと選択肢が減って妥協してしまうことも多いと思うんだ。今までだってそうやって悩んで迷って決断しているのだけど、それを段階的に研ぎ澄ましていっている過程だと思えば、最後まで使い切れなかった罪悪感なんかは薄れるかもしれない。人は変わるもの。ならば、そのときどきで考えるいい方向に変わってゆきたい。



小綺麗といえば家の中も小綺麗にしたくなるから、やっぱり他人の目を気にしてとかいうよりは自分の中の問題なのかもしれない。
なんにせよ、自分を少しばかり良く見せようとするのは悪いことではないと思う。ただ、身の丈以上のことをすればボロが出るし、無理をすれば続かない。がんばりすぎないのがコツだと思う。

でも実は、人にいい顔ばっかりしようとするのはやめようと昨日心に誓ったばかりだ。
みんなにいい顔しようとすると、あちらを立てればこちらが立たず、けっきょく上手くいかない。身のほどをわきまえて、身の丈以上のことを願わず、自分のできる精いっぱいで真摯に向き合うしかないのだ。
見た目も、仕事も、人づきあいも。