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たぶん、フツーのお母さん

自分のペースを探る、背伸びしない暮らし。

お手本にならないとね

癒されたくて実家に寄り、猫パンチをいただいて悦ぶ。いいね、猫パンチ。たまらん。ありがとうございます。


実家で猫タワーを自作するんだと盛り上がる母の話を、(それより片づけろよ)と話半分で聞いていた。猫のスペースで人間の場所が侵食されている。以前に、荷物の占める割合が多すぎる。いらないものをとっとと片づければ人間の場所も侵食されないのに、という言葉を胸にしまう。胸にしまった言葉は断捨離できるのだろうか。たぶん、感覚の違いが大きいだけで、母の中では片づけているのだ。
ワタシが家具の裏を掃除するために家具スベール的なものを仕込んだ話をしたら、「うちも、棚の後ろに物が落ちたときとか掃除するわよ〜」と胸を張って言うので、「うちは棚の後ろに落ちる物がない」と返した。



母と話していると、たまに発見がある。
母とワタシはぜんぜん感覚が違う。母は人と同じが大嫌いな人だ。ワタシは同じでも違ってもいいと思う。とくに子どもたちは団体スポーツをしているから、あんまりマイペースでも困る。親のワタシだって団体行動をしなきゃいけないこともある。母は平等であれと言う。ワタシは、世の中は良くも悪くも平等じゃないと思う。平等じゃないところで「平等じゃないなんておかしい!」と叫んでも、平等にはならない。平等じゃないなら平等じゃないで、やり方はあるはずだ。周りを変えるのではなくて、自分が変わるとか。

子どもたちが朝だらだらしているのも、結局のところワタシが仕事が暇でのんびりしてるからで、それでも今までよりはずっとよく動いているのだけど、子どもたちは釣られてだらだらしてしまうのかもしれない。これからは仕事がないときも5時半起きにしようかな。ネットの時間は子どもたちが出かけてからにしよう。

そういえば、母は絶対に自分は曲げない人だったなぁ。
好きなことに対する情熱はスゴくて、長年ダンスを習っていて基本を教わりたくなってクラシックバレエを始めたり、絵を習っていて基本を教わりに美大の予備校に通ったりしていた。衣装を作っていたときは洋裁の専門学校に行こうとしていたし、パンにハマったときはアパートの台所にガスオーブンがあった。

子どものころはわからなかったけど、母は片づけられない人だし掃除も苦手だ。
テーブルの上には、常に何かが置いてある。作業スペースが片づいていることなんてない。床にはゴミ箱やゴミ袋がいくつも置かれ、掃除道具があちこちに転がっている。
朝も起きられないし、毎晩夜更かし。
よくぞワタシは変われた!と自画自賛したい。



母が「お菓子業界に踊らされている!」とお怒りだったバレンタイン。ワタシは楽しんだよ。
みんなと一緒に踊ってもいいじゃない。
本命がいなくても、年に1度の友チョコ作る日だっていいじゃない。
友達がいなかったら、自分に高級チョコをプレゼントしてもいいじゃない。
踊らずにプンスカするよりも踊ったほうが楽しいし、踊る楽しみを知らずに過ごすのもさみしいなぁ。
もちろん、苦痛なら踊る必要はないけど。



母の、好きなことに対する情熱は尊敬に値する。