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たぶん、フツーのお母さん

自分のペースを探る、背伸びしない暮らし。

何かのせい

昨日に引き続き、風水ディスるつもりはないけれど、縁起がいいとか悪いとか、

いいのは(何かの)おかげさま
悪いのは(何かの)せい

なんだろうなぁと気づいた。



自分が良かれと思えばやればいいし、自分で選択したと思えば諦めもつく。
ただ、起きてしまったことがイヤなことだったとき、その原因を何かのせいにして自分を誤魔化すのかもしれない。

でも、おかげさまの人はいいことばかりだし、せいの人は悪いことばかりな気がする。

そして、迷信なんかも含めてそういう忠告や助言を声高に伝えようとする心理って、ワタシの助言のおかげで運気が上がったとか、ワタシの忠告を聞かなかったから悪いことが起きたとか、そういう気持ちが多少なりともあったりはしないのかな。

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いい「せい」もあると思う。
立ち直れないような悲しいことがあって自分を責めてしまうとき、
「いやいや、あなたの責任じゃないよ。これのせいだったんだよ」
と周りの人がうやむやにする。
それでその人の気持ちが少しでも軽くなるのなら、何かのせいにしていいかもしれない。


ただ、自分が間違いを認めて前に進まなくちゃならないときは、何かのせいにしちゃいけない。
もちろん、誰かのせいにもしちゃいけない。


玄関に家族写真を飾ったから家族が帰ってこないんじゃなくて、他に原因があるんだよね、きっと。
玄関に家族写真を飾っていなくても悪いことは起きるかもしれないし、家族写真を飾っていた家がみんな家族が帰らないわけじゃない。

ただ、それを信じることで心が軽くなるのなら、それはアリだとワタシは思う。



でも、やっぱり家族が帰ってこないのは考えるだけでもイヤだな。
自分の意志で帰ってこないなら仕方ないけど、もう二度と会えなくなるのはイヤだな。

なので、玄関にひっそりと蛙のお守りを置いてある。

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