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たぶん、フツーのお母さん

自分のペースを探る、背伸びしない暮らし。

世捨て人みたいに暮らしたい

なりたい自分とは何なのかというところで、ずっともやもやしている。

漠然と「あれやってみたい・これやってみたい」みたいなことはあるけれど、どんな自分になりたいとか、どんな暮らしをしたいとか、そういうのはなんとなくなるようにしかならないと思っている自分がいる。だから、考えてもムダなのだと。

でも、その手の本を読むとたいがい「最初に理想ありき」で、確かにそのほうが目標がはっきりしていていいと思うのだけど、世の中に出回っている理想の暮らしの姿はワタシにはしっくりこなくて、別に誰からも好かれたいわけじゃないし、かといって貫くわが道もないし、あえて言うならばのらりくらりと生きたい。親友とかもいらない。行きたいところにも、誰か一緒に行きたい人がいれば一緒に行っても楽しいと思うし、でもひとりも気楽だと思うし、海外ならともかく、国内ならばむしろひとりで行動できるようになるほうが行きたいところに行けるんじゃないかとすら思うから、目標はひとりでいろいろできるようになることかもしれない。まだひとりでゆっくりごはんを食べたり、まったくのひとり旅はしたことがないから、そういうことが憶せずできるようになったらちょっとやりたいことに近づく気がする。

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働くこともそうで、仕事はやりがいがあるし、できることが増えてくると達成感を感じられるけど、はたしてくたくたになるまでがんばったり自分のことがおろそかになったりするほど大切なことなのだろうか。そりゃ、暮らしていくためや子どもたちに好きなことをさせてやるために働いてるんだけど、自己犠牲になったらそれは苦しみになってしまう。できれば楽しく働きたい。なら、やっぱり気持ちよくできないことはやりたくないし、忙しいからってちょっとキレ気味に注意されたらイラッとしても仕方ないんだ。ちょっとイラッとすることぐらいどこにでもあることだから、ことさらにそのことで誰かが悪いとか嫌いだとかは言わないけど、イラッとしないほうが精神衛生上いいとわかっていてもイラッとしてしまうのは自然の摂理だ。ワタシはのんびり自分のペースでやりたいんだから、せっかちな人にイラッとされても気にしないで自分のペースをまっとうしていいんだ。もちろん、できるかぎりたくさんの仕事が丁寧にできるように努力はするけれど。


自分の言動で誰かがイラッとするかなんて気にしないでいいんだ。もちろん無責任な言動や、人を傷つけるようなことはしちゃいけないけど、誰にでも苦手なことはあって、それを責める権利は他の誰にもない。自分は自分のできるかぎりのことをいつもしていれば誰かに迷惑をかけることはない。誰かに迷惑をかけるとすれば、それは自分のできるかぎりのことができていないときだ。体調が悪かったり、ツラいことがあったり、怠け心や自分に甘くなってしまったり、ちょっとポカをやってしまったり、そんなのもきっとお互いさまで、誰しもが一生完璧でいることなんてできない。みんな最初は何もできないし、最期は何もできなくなるのだから。


間違えたら、やり直せばいい。
失敗したら、同じ失敗をしないように気をつけたらいい。
自分を嫌いにならなければいい。

それが、意外と難しい。

ワタシは意外と人の目を気にするタイプで、なんでもできるカッコイイ美人が苦手だ。コンプレックスなんだろうな。でも、自分はそういう人にはなりたくない。ちょっと抜けてるぐらいでいいんだ。でもたぶん、そういう人に認められたいとは思っている。関係ないと思っていたら気にしないはずだから、きっと憧れてはいるのだ。そういう人に認められる人に。

理想とはほど遠いな。



□□□読んだ本□□□

さきちゃんたちの夜 (新潮文庫)

さきちゃんたちの夜 (新潮文庫)


ようするに、美人の上司にキレ気味に注意されてヘコんでる自分を励ましています。めそめそ。